TOP > 研究員ノート > 3.11から3ヵ月目の被災地石巻にて

3.11から3ヵ月目の被災地石巻にて

6月10日(金)-11日(土)、アースデイ東京タワー・ボランティアセンターが主催する「天ぷらバスで行く! 週末ボランティア・アクション」に参加した。
金曜日の夜10時に東京タワーを出発し、翌朝宮城県石巻市に到着して作業し、その夜の10時に新宿解散という0泊2日の強行スケジュールだ。
このボランティア・アクションは毎週続けられているようで、今回は第12期だという。5月まではいつも40名の定員を超えていて参加できなかったが、今回は17、8名と空いていた。
ちょうど3.11に起きた東北地方太平洋沖地震から3ヵ月目。家族が申請すれば、行方不明者が死者に変わる日でもある。

私たちは現地で3班に分かれた。私は津波の被害を受けた湊中学校近くの民家の側溝の泥かきである。ほかの2班のひとつは、石巻市の旧市役所庁舎で「宝物さがし」という瓦礫の中から見つかった被災者の写真等を洗って乾かし整理する作業。もうひとつは、飯野川小学校でのこいのぼり祭りとキャンドルナイトの準備だという。この小学校には津波で全児童の8割が流された大川小学校の生き残り児童が通学している。

image001.jpg廃食油で走る天ぷらバス

さて、民家側溝の泥かきは午前中雨の降る中での作業だった。側溝にはヘドロが厚く溜まり、近くの水産物加工場から流れてきた魚の死骸がときどき混じって、悪臭を放つ。それをスコップでかき出し袋に入れて土嚢にして一輪車で裏の空き地に運ぶ。 午前中は雨が降っていてかえってよかった。午後になって晴れると、悪臭が増し、暑さで汗も噴き出してくる。

image002.jpg

ボランティア活動で肝心なのは、あまり頑張りすぎないことだという。頑張りすぎると、燃え尽きてしまい、ボランティア自身が身体や心を壊しかねない。2時過ぎには早々に作業を終え、旧市庁舎の宝物探し班と合流。3.11に地震が発生した2時46分には全員で黙祷した。

image003.jpg

その後、みごとに鯉のぼりがグランド中に飾られた飯野川小学校班とも合流。途中道の駅で着替えて、石巻市を後にした。

image004.jpg

天ぷらバスの車窓から見える石巻市の震災、津波の傷跡は、まだまだ深いものを感じる。がれきの撤去、処理、処分だけで3年がかりだという。

image005.jpg

石巻市は今回の震災、津波で最も多くの犠牲者を出している。しかしもし、隣町の女川原発が福島第一原発と同じような事故を起こしていたら、石巻市は廃墟のまま放置されざるを得なかっただろう。そういう意味では、不幸中の幸い。何年かかろうと石巻市は着実に復興に向けて歩みだしている。

新宿には予定通り午後10時に到着、24時間だけ時間をともにした仲間たちとそのまま別れるのが惜しく、居酒屋で一杯。みんな20代、30代の若者で、50代は私だけ。やはり身体には堪えたが、「また行きます」という若者に、少し明日の日本の希望を感じ、心地よかった。

(HK)

研究員ノート

ページトップへ